しくじらないためのテニスの取組み方!こんなふうに考えていたら要注意!第5回
2017/01/10
こんな痛い感じだったテニススクール時代
前回に引き続き、テニススクールで習っていた当時のことを少しお伝えしようと思います。
~その1:大して戦績も無いくせにATPポイントを取りたい宣言~
当時通っていたスクールでは、海外にテニス留学をされていた方々がテニスコーチをしながら、国内の試合を回ったりしていました。
そして、同年代であまり練習相手がいなかった私は、そのようなコーチたちとよく練習をさせてもらっていました。
その練習をしていただいたコーチたちは、アメリカやオーストラリア等に留学をしてきた方々でした。
アメリカやオーストラリアというのは、かなりレベルの高い試合も頻繁に行われており、海外のプロ選手も出場するや『フューチャーズ』といったレベルの試合も
よく行われています。
少し解説しますと、プロのレベルの試合はグランドスラム←ワールドツアーファイナル←マスターズ←500シリーズ←250シリーズ←チャレンジャー←フューチャーズ
といった段階になっています。
ですので、そのコーチたちは、フューチャーズ等のプロの選手が出る試合に出たりしていました。
また、トップのプロになっていく選手が昔練習していた、というようなクラブに留学していました。
その話を聞いた私は、何を勘違いしたのか
『自分もそれくらいのレベルになれる』と勘違いしてしまいました。
ですので、当時『ATPポイントを取る』ことを目標にしていました。
身の程知らずもいいところです。
そして、学校の部活に入っていなかった自分は、学校単位での試合に出ることはできません。
ですので、出場できる大会も限られていたこともあり、一緒に練習をしていたコーチの皆さんと国内の大人の大会に出て行く事になりました。いわゆるJOP大会というものです。
この時自分が考えたことは、
『まわりの高校生は出ていないのに、自分だけ大人の大会に出てるんだ。』
と、自分だけ特別かのように、勘違いをしていました。
かなりイタイですね。。。
~その2:ラケットを選んだ基準~
当時のプロ選手はアンドレ・アガシやクーリエといった選手が活躍していました。
もれなく、自分もナイキのウェアを着て、テニスをしていました。
また、頭にバンダナを巻いたり。
さすがに、長髪にまではしていませんでしたが。。。
で、当時のことを覚えていらっしゃる方もいるかと思いますが、最初アガシ選手はDONNAYというラケットを使っていました。
懐かしいですね!
ですが、一時期手首の怪我で思うような戦績が上がらなかったり、コーチだったニック・ボロテリーとの関係を解消したりして、ボロボロだった期間があります。
その期間を経て、彼がコーチに迎えたのが、ブラッド・ギルバートという戦術家のコーチです。
『ウィニング・アグリー』という本でご存知のかたもいるかもしれません。
そして、その時期を前後して、彼はラケットをDONNAYからHEADに変えます。
アガシ選手の派手な言動やその服装、一方で人生のアップダウンの激しさ等に感化されていた私は、なんとそれだけの理由でラケットをHEADに変えてしまいました!
正直なところ、自分は非力な方なので、どちらかというとHEADよりかは、プリンスやウィルソンといった、少し飛びがあるラケットのほうが向いているのです。
それなのに、アガシ選手が変えたというだけの理由で、HEADに変えてしまいます。。。
そして、さらに、続きがありまして、ラケットを変えて練習をしていると、コーチが
『ラケット変えたの!?なんか全然ボール飛んでないけど。。。』
と言われ、泣く泣くラケットを前のものに戻す、ということを余儀なくされました。
(続く)